徒然想(院長のブログ)

つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく 書き付くれば、あやしうこそ、物狂ほしけれ」と吉田兼好が序文に書き出した「徒然草」を 「徒然想」ともじって、こころに移りゆく想いを、そこはかとなく書き綴ってみました。 つれづれ時に読んでもらえたら幸いです。

徒然想8

里村 盟[2018年12月04日
平成30年12月1日

 花の少ない、晩秋から初冬にかけては、美しい色で心を和ませてくれるのが、“木の実”です。 赤い実で馴染み深いのは、ピラカンサス・ナナカマド・ウメモドキ・センリョウで、紫や黒の実は、ムラサキシブキ・ケンポナシで、白い実なら、スズメウリ・シラタマカズラなど、充分に目を楽しませてくれます。

 きりっとする様な冷気の中、見事なほど美しい冬の空の下で、アオキの赤い実が輝き、ヤツデの薄みどりの実が、目に入る頃になると、十二月も押し迫り、時間が薄い一枚一枚のベールの様に見えてくる。歳月は走る。 日に日に速度を加え、ひた走りに大晦日に向け、ジングルベルの音楽に乗って走り続ける。街に流れる音が普段と違い、人の動きが何処となく変わってくる。

 何もかもが、スピード化されている今日と、わらじを履いて何日もかけて旅をした時代と、さして変わらぬ人々の“せわしげ”な気持ちが、この月には残されている。

 キリスト教の最も重要な行事であるXマスが、ロマンがあり、ふわりと華やいだ気分を味わえたのは、外国がめずらしく思えて頃のみの話である。

 昭和三十年代のXマスの夜は、銀座通りも並木通りも、深夜まで明るく、シャンパンで酔いどれた人々が歩き回っていた。

四十年代になるとケーキがバカ売れて、ネオン街のXマスが家庭の団欒へと移行していった。そして、五十年代に入ると、はっきりと、Xマスは夜の街の祭りではなくなった。 玩具かケーキのプレゼントを、片手に抱えて家路へ急ぎ、Xマス・イブは、宗教を離れた家庭行事として定着していった。

 ところで、落語に出てくる長屋の八っさぁん、熊さんは、普段、「べらんめえ、宵越しの銭は持たねえ」などと、粋なタンカを切って、すってんてんの毎日を、過ごしていても、歳末だけは憂鬱な季節だったようだ。米・味噌・醤油・家賃に至るまで、溜めた代金の取り立てが一度に押し掛ける。 その“掛け取り”撃退の面白さが、人々を笑いの世界に引き込むのだが、貧しさゆえの苦悩があり、漂うペーソスが聞く人の心を捉え、さりげなく聞かせる芸の妙味がたまらない。

 又、横丁には、ご隠居さんが出てくる。かなり暇そうにしている。町内で持ち上がった難問、珍問を、まったく無責任に解決して、威厳を誇示している。うらやましい毎日である。
四十五歳から五十歳ごろの年齢なのだろう。現代では、住宅ローンが終わるどころか始まったばかりの年代である。隠居制度があり、宵越しの銭を持たなくても済んだ生活しやすい時代と、 今日と、どちらが豊かだったのだろうか、考えさせられるところである。

            下駄買うて たんすの上や 年の暮れ

                         永井 荷風

 年が明けたら、新しい下駄を履いて、気持ちを引き締め、一年の計を立てる心つもりで、かつては年末から正月にかけて、下駄一足にも日常とは違った華やかさがあった。
 良いお年をお迎えください。               


                                           里村 盟

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